ABS2019の二日目、「ブロックチェーン普及のMissing Linkとは何か」についてパネルディスカッションが行われ、弊社藤本がモデレーターを務めた。

MissingLinkとは元々は生物学の用語であり、先祖と子孫の進化の間に存在するはずの失われた環というニュアンスである。「現在のブロックチェーン業界の段階的発展からは想像もつかないような大規模な普及が将来起きるとしたら、そのきっかけは何か」を模索するのがカンファレンス主催者の意図だったのだと思われる。

技術革新としてブロックチェーンを捉える欧米と、生活革命として捉える南米・アフリカ

まず今回のパネルディスカッションの詳細に入る前に、パネルディスカッション参加者のLily Liu氏のセッションのテーマであった「シリコンバレーからアジアへのイノベーションの中心の移動」で示されていた分類法を本稿で解説したいと思う。

既に多くの人が気づいているように、一口にブロックチェーン業界といってもかなり多方面に進化しており、同じ単語を使っていても全く違う事を連想している場合が往々にしてある。

そのような現状を踏まえて、Lily氏は大きく「ブロックチェーンを技術革新テーマに捉える欧米先進国と、生活革命として捉えているアフリカ・南米」という大きく二つのくくりにわけ、唯一アジアだけが技術革新・生活革命のハイブリッドでユースケースが進んでいて、だからこそブロックチェーン革命の震源地になれるという説を披露していた。

経済的に大躍進を遂げたにも関わらずコミュニティ内での相互信用が著しく低いアンバランスな経済大国「中国」に象徴されるように、アジアは未整備のエリアと経済繁栄したエリアが同居する世界的にも珍しい地域になっていると言える。

日本をはじめとする韓国、台湾、シンガポールといったインフラの整備された国がある一方で、東南アジアでは銀行口座を保有する人は人口の30%以下であり、クレジットカードを中心とするデジタル経済圏から取り残されている。

経済大国として発展した中国の人民元にしても、一度大革命が起きて中国共産党の一党独裁体制が崩壊すれば、ソ連崩壊時のルーブルのように人民元の価格が大変動するリスクは常につきまとっている。

社会全体が平均的に発展した欧米ではブロックチェーン革命の必然性が弱く、課題が山積みだからこそブロックチェーン革命の震源地になるアジアにイノベーションの座を奪われるだろうという説であった。

LibraホワイトぺーパーとBinance Charityの共通点

パネルディスカッションに登壇したSinhae氏は、Libraホワイトペーパーにもアンバンクド層をデジタル経済圏に組み込むことが明記されている事を指摘。

現在約20億人以上が銀行口座ベースの経済圏に参加できない状態となっているが、ボトムである20億人が参入する事で、IT革命では取り込めなかった層をデジタル経済圏に組みこむ事は人類全体に大きなインパクトをもたらすだろうという主旨を述べた。

ブロックチェーン以前のデジタル経済の代表例とされるPaypal、AlipayWeChatPayは全てクレジットカードや銀行口座を土台としており、そもそもアンバンクド層の人が使うことを想定されていなかった。

アンバンクド層をデジタル経済圏へ促す動きとしては、アフリカのアンバンクド層を積極的に取り込もうとするバイナンスチャリティーも同様のビジョンを掲げている。

ブロックチェーンと寄付の相性は非常に良く、中間団体の詐欺や不正を防止して支援が必要な人に確実に寄付を届ける手段として注目されている。アンバンクド層が多い地域の場合、ブロックチェーン技術は目の前の生活に必要な革命的技術であり、ブロックチェーンが無くても生きていける先進国よりも普及は当然早い。

「ブロックチェーンの普及拡大 = アクティブユーザー数の増加」と定義すると、アンバンクド層への普及が最もユーザー数では貢献するかもしれない。

既存サービスにおける支払い手段の置き換え

暗号資産建てVISAカードによるオンラインサービス支払いサービス等も手がける「crypto.com」のBobby氏は、暗号資産で支払えるサービスが増える事の重要性を指摘。

SportifyやExpediaをVISA経由で暗号資産で払えるサービスを既に展開しているBobby氏のようなビジネスが増える事により、今までドル等の法定通貨(FIAT)で支払っていたオンラインサービスを暗号資産建てで支払うユーザーが増えていく事はブロックチェーンの普及の鍵かもしれない。

暗号資産建てVISAカードのプロジェクトとしては最近ではライトコイン財団も有名であり、日常生活で暗号資産が使える場をより多く提供するのが目的とされている。

一方でこの観点は、Libraの登場で大きく議論の前提が変わったとも言える。

LibraネットワークにSportifyやeBayが参加しているように、そもそもシリコンバレーの巨大アプリが直接Libraでの支払いを受け入れるようになれば、「Crypto→VISAカード→オンラインサービス」という多重経由が不要になり、「Libra→オンラインサービス」と1アクションで済むようになる。

そうすると、一時期界隈で流行った暗号資産建てVISAカードはそもそも不要になるのではとの疑問が生まれてくる。

また、クレジットカード決済の手数料が高いという理由で暗号資産で置き換えようという動きについてもLibraは見事に牽制している。

VisaやMasterCardにとってステーブルコインの普及は自らの過去のビジネスモデルと利益相反するのでブロックチェーン普及の抵抗勢力になる可能性もあった。

しかし、他のプロジェクトにシェアをジワジワ奪われていくぐらいなら自分達で破壊的イノベーションの側になってしまおうと「Libra Assocation(リブラ・アソシエーション)」で団結したのだから、相当な危機感があったのだろう。

ステーブルコインは流通量が増えれば増えるほど発行団体が儲かるシステムなので、Libraが世界中で流通するほど発行団体であるLibra協会のメンバーは利益を得る事ができる。

すなわち、一度ステーブルコインの発行団体になると、今度はステーブルコインの流通量を増やそうと積極的に働きかける側になるのである。Libra Associationに名を連ねる大企業達が全て、自社の取引先や自社製品にステーブルコインを誘導し始めるとなると、ステーブルコインの大量導入は案外早いかもしれない。

シリコンバレーの中央集権的な巨大企業が牽引するブロックチェーンの大量導入という構図に思想的なアレルギーがある層も多いだろうが、「ブロックチェーンの普及」という観点からは、巨大財閥や企業によるステーブルコインが大きく貢献するのは間違いない。

カカオトークやSamsungの牽引する韓国

Sinhae氏は、先進国でのブロックチェーン普及の定義を、「自分の母親世代でも自然と毎日使うようになる状態こそが、普及した状況だ」と主張。現在のメタマスク等のシステムでは親の世代に説明するには難しすぎるとUXの課題を指摘。一方で、カカオトークがメッセンジャーにウォレット機能を搭載する予定との韓国の状況を指摘し、大手IT企業とブロックチェーンベンチャー企業が手を組み、イノベーションを大企業のサービスの中に組み込む事の重要性を指摘した。同じく韓国ではSamsungが最新型スマートフォン galaxy S10にウォレットを組み込んだことで、プリインストールアプリに日本のdAppsゲームであるMyCryptoHeroesが選ばれて話題になったばかりである。

LibraがFacebook、whatsApp、Instagramを繋ぐべく動き始めた事で、今後はWeChat、Alipay、カカオトークやLINEなどの大手IT企業の動向が注目されていくだろう。

ブロックチェーンファーストのキラーアプリ

Cryptokitties創業メンバーのBenny氏は、ブロックチェーンファーストの重要性を指摘。

iPhone登場直後は、スマートフォンでゲームが流行るとはほとんどの人は思っておらず、画面の小ささや、ハードウェアキーが無い事のデメリットばかりが指摘されていた。

しかし、アングリーバードに代表されるように、加速度センサーやタッチパネルといったスマートフォンならではの技術を最大限に活用したアプリが成功を収めた歴史を指摘。

dAppsの制約の多さを理由に否定する者は時代に取り残され、dAppsでないと実現できないキラーアプリを開発した企業が勝者になるであろうという主旨を述べた。

特に、dAppsならではの特徴として「2次流通市場」と「多ゲーム汎用性」が重要であり、KittieyVerseによって、足の速いKittyが高値で売買されるようになった事例なども指摘されていた。これは日本のMyCryptoHeroesとCryptoSpellsのアセットコンバーターで見られる動きと近いものであり、複数のゲームを同じアセットが行き来することで2次流通市場が活発に拡がっていく動きが近年見られている。

多方面に渡って議論された当パネルディスカッションで見えてきたのは、ここでもやはり、Libraの影響の大きさであった。

アンバンクド層である20億人をデジタル経済に取り込むという第一目標と、既存のデジタル経済の支払い手段の一本化、そしてブロックチェーンファーストのアプリプラットフォーム。

これら、ブロックチェーン普及に必要なトピック全部が「Libraエコシステム」に盛り込まれているのが分かる。

全方位で勝負をしかけるLibraエコシステムに対して負けじと各国の大手企業が慌てて参入してくることを想定すると、たかだか数千万単位のウォレット数で競っていた時代は牧歌的だったと評されるようになるだろう。

何故なら、これからのライバルはアカウント数ではなくDAUで数億単位の巨大プラットフォーマー達だからである。

しかしながら、読者の中には「これは自分達が目指した社会の形なのだろうか」という懸念を抱く人も多いだろう。

実際、巨大企業が主導するコンソーシアムチェーンはweb3.0のビジョンとはほど遠く、人類史上最高に中央集権化されたインターネットになる可能性も高い。

今まではブロックチェーン業界自体があまりにニッチだったのでいかに普及させるべきかがテーマになっていたが、既存大企業の本格参入後は、いかに普及させるかだけでなく、どのような社会を目指すべきかの思想的な所で人々を惹きつけられるかが問われてくるだろう。