2019年11月21日、日本経済新聞の一面に「中国のブロックチェーンに関する特許申請が米国の3倍に達した」と報道された。ブロックチェーン技術及び暗号資産に関しては、最近中国政府による「人民元のデジタル通貨(DCEP)」計画が発表されたり、フェイスブックの「Libra」計画を大きな話題となったり、世界的に注目を集めている。

多くの中央銀行が否定する「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」

特に「Libra」や中国のデジタル通貨(DCEP)などといったものは、既存金融システムに大きな影響を及ぼす可能性があり、各国中央銀行は警戒を強めている。

デジタル通貨は、ビットコインやイーサリアムなどの暗号資産と異なり、法定通貨に連動して価値が安定し、決済スピードや処理能力が高くファイナリティがあるため、利便性の高いデジタル決済手段として普及が期待できるという側面もあり、世界では中央銀行主導によるデジタル通貨発行を進める動きも一部では起きている。

例えば、カンボジア国立銀行が同国における「金融包摂」を促進するため、ソラミツ株式会社とトークン型のカンボジア国立銀行デジタル決済「バコン」を開発し、正式導入に向けたテスト運用を開始したと発表。

また、スウェーデンでは国家仮想通貨「e-クローナ」の開発が進められている。スウェーデンの中央銀行は、キャッシュレス化が避けられない流れの中で、国の経済システムの安定性を維持するために今後必要不可欠なものであると同時に最大限仮想通貨の開発へのコミットをしなければ、他の民間機関がその役を担うことになり、中央銀行の立場が揺らいでしまうことを危惧しているようだ。

ただ日本の場合、11月19日、日本銀行の黒田総裁は参院財政金融委員会の半期報告に関する質疑において「今の時点で円のデジタル通貨を出すという計画はないが、いつでもそういう必要が出た時に対応できるように調査研究は進めている」という回答したように、中央銀行によるデジタル通貨(CBDC)、デジタル円の発行については否定的な立場を示している。

デジタル化が進む社会において、決済システムの安全性と効率性の向上を責務とする中央銀行にとって、銀行券や貨幣などの現金に替わる決済手段としてデジタル通貨を発行すべきかどうかという点は、今後更に重要な論点となってくるだろう。

日本銀行HP:雨宮副総裁「日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか」より

世界銀行が世界各国の中央銀行を対象に、CBDCに関する興味深いアンケート調査によると、約7割が何らかの形でCBDCに関する取り組みを行っている。その多くは調査・研究や実験・概念実証が主目的であり、実際にCBDCを発行することを念頭に開発に取り組んでいる中央銀行は少数派だ。中央銀行の多くが先行きにおけるCBDC発行の可能性は低いと回答している。

先の黒田総裁の発言から、日本銀行も調査結果における多くの中央銀行と同様の立場をとっていることは明白だ。

では、なぜ、日本銀行はこうした、実験・調査等はするが発行の計画はないといった一見矛盾するようなスタンスをとっているのだろうか。

日本におけるキャッシュレス決済は約50%、現金における高額紙幣は増加傾向

日本における現金及びキャッシュレス決済手段について整理をすることは、CBDCを考える上では重要だ。なぜなら仮にCBDCを発行するのではあれば、国民に広くキャッシュレス決済が浸透をしていることが大前提となるからだ。

個人の決済手段の内訳

日本の個人決済手段において、消費支出に占める現金とキャッシュレスによる決済比率は、現在、約半々となっている(銀行口座間の送金を含む)。そのキャッシュレス決済の内訳をみると、クレジットカードの割合が約30%、交通系・流通系企業などが発行するプリペイド式電子マネーは5%程度だ。また、「LINEpay」や「paypay」に代表されるスマートフォンなどを用いて決済するフィンテック決済サービスは1%未満とまだ僅かだ。

N I R A 総研「キャッシュレス決済実態調査」、2018年9月より抜粋

日本における現金通貨の流通に関してはどうだろうか。

2018年の現金通貨の流通枚数の前年比をみると、1円硬貨や5円硬貨はマイナスとなり、ごく緩やかに減少している一方で、100円、500円硬貨や千円札は、前年比2%を上回るテンポで流通枚数が増えている。一万円札や五千円札の流通枚数においては前年比3~4%とさらに高い伸びとなっている。

日本銀行HPより

一万円札などの高額紙幣に関するこうした流通枚数の増加は、低金利による銀行預金需要の低下による「タンス預金」需要の増加が背景にある。一方、千円札や5百円硬貨、100円硬貨でタンス預金するのは多くないと考えられ、これらは決済手段として使われ続けている可能性がある。つまり、1円硬貨や5円硬貨といった釣り銭がかさばる日常の生活での少額決済において、キャッシュレス化が進んでいる側面もあるが、全体としては現金決済がなお多く使われ続けていると言え、国内においてはキャッシュレス化が大きく進んでいるとは言い難いだろう。

国内においてキャッシュレス決済へのシフトが進まない背景

国内におけるキャッシュレス決済へのシフトが進まない背景としては、現金決済の需要と供給において問題がある。

現金決済の需要に関する問題点としては、以下のような理由があげられる。

  • キャッシュレス決済に比べお金を使い過ぎる心配が少ない
  • 盗難などが少ない「治安の良さ」
  • 紙幣の偽造防止技術の水準が高く、偽札の流通が少ない
  • 長引く低金利環境により現金需要の押し上げ

需要に関しては言えば、国内において現金を持つことにリスクを感じることは少ない。一方、現金決済の供給面の問題については以下の一点だ。

  • 銀行店舗及びATM店舗網が多くあり、便利で安価な現金サプライチェーンが整備されている

供給面で言えば、現金のサプライチェーンが整備されていればいるほど、預金口座からの現金の引き出しや口座への入金が便利になるため、可住地面積当たりの金融機関店舗数が多い国ほど、現金流通高のGDP比も高くなる傾向がみて取れる。また逆の見方をすると、こういった銀行・ATM店舗網の不整備や現金流通高のGDP比が低い国ほど、暗号資産における取引経験や保有などが多い傾向にもありそうだ。

日本銀行HP:雨宮副総裁「日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか」より

Statista Global Consumer Surveyより

こういった理由から、国内ではキャッシュレス決済が進みづらい。ただ新たなキャッシュレス決済の利用者や加盟店の数がある一定規模まで増加すると、その後、利用が急激に拡大し、キャッシュレス決済が一気に進展する可能性もある。

例えば韓国では、1990年代後半の通貨危機の際に、景気対策としてキャッシュレス決済を推進。年間のクレジットカード利用額の20%について所得控除を受けられる制度を導入するなど、店舗側にクレジッカードの取り扱いを義務付けたことがきっかけとなり、キャッシュレス決済へと大きく進んだ。そのため現在でも暗号資産市場においても官民をあげて取り組んでおり、世界的にも存在感を増している。

中央銀行デジタル通貨(CBDC)について

現金に対する需要が未だに根強く、現金流通高がGDP対比で増加を続けるという現状ではあるものの、長い目で見れば、多くの国で決済のキャッシュレス化が進んでいくだろう。そうした流れの中、中央銀行が発行するデジタル通貨についても関心が高まっている。

日本銀行では、CBDCを以下の3つを満たすものと定義している。

  1. 「デジタル化されていること」
  2. 「円などの法定通貨建てであること」
  3. 「中央銀行の債務として発行されること」

中銀デジタル通貨(CBDC)の発行形態及び供給方法

またCBDCには、大きく2つのタイプがある。

  1. ホールセール型CBDC:利用者が金融機関など一部の先に限定され、金融機関間の資金決済を目的とした電子的な中銀マネー。中央銀行の当座預金という既にデジタル化された中銀債務による決済について、分散型台帳技術などの新しい情報技術を応用。
  2. 一般利用型CBDC:個人や企業も含む幅広い主体による利用を想定した電子的な中銀マネー

今、「CBDC」と広く話題になっているのは「一般利用型CBDC」のことであり、これは銀行券や貨幣などの現金を代替するものだ。この「一般利用型CDBC」には更に発行形態と供給方法でそれぞれ2つの型に分類することができ、合計で4つのパターンが考えられる。

  • 「口座型CBDC」:個人や企業が中央銀行に口座を開いて、口座間の振替で決済を行うもの。民間銀行において預金口座間の振替により決済する方法と基本的に同じであり、違うのは利用者の口座が中央銀行か、民間銀行かどうかだ。
  • 「トークン型CBDC」(価値保蔵型CBDC):利用者のスマートフォンやICカードにCBDCを格納し、利用者間で金銭的価値を移転することにより決済を行うもの。交通系・流通系企業やFinTech企業が発行するプリペイド型電子マネーと似ており、違うのは発行主体が民間企業か中央銀行かだ。

それぞれの型に対してCBDCの供給方法により更に「直接型」と「間接型」の2つを考えることができる。

  • 「直接型」:中央銀行が利用者にCBDCを直接発行する方式。これまで中央銀行と民間銀行の間に構築されてきた金融調整の枠組みに新たな仕組みを加える。この方式は、銀行券(すなわち、決済)だけでなく銀行の信用創造を支える預金をも代替していき、銀行の金融仲介機能は縮小していくことが予想される。
  • 「間接型」:中央銀行が民間銀行等を通じて間接的にCBDCを発行する方式。既存の現金流通の枠組みが基本的には維持されるため、銀行の金融仲介機能は維持される可能性は高い。
ニッセイ基礎研究所:「中央銀行デジタル通貨の動向」より

中銀デジタル通貨の役割とは

CBDCの役割としては、以下のようなものが考えられる。

  1. 金融政策の有効性」:CBDCに金利(マイナスも含め)を付与することで金融政策の有効性を高めることができる(但し完全に現金を無くした場合)
  2. 決済手段林立の解消」:多数のキャッシュレス決済手段が林立しており、消費者にとっては、どの決済手段を選択すべきか迷うケースも多く、CBDCを発行することで多くの消費者がこれを使うようになれば、林立状態の解消につながる可能性がある。一方で一般的に林立状態は競争の過程で解消されていく傾向。
  3. 市場の競争環境の維持」:決済ネットワークへの参加者が増加することにより得られる便益が増加する「ネットワークの外部性」の作用により「市場の失敗」が起こる可能性がある。健全な競争ではなく、市場の寡占や独占に繋がるため、中央銀行がCBDC発行によりキャッシュレス決済のプラットフォームを構築することによって、民間の決済事業者に対する競争圧力を維持するという考え。しかし独禁法などの法律や政策でも抑制は可能。
  4. 二層構造の維持」(間接型で発行):「二層構造」とは、中央銀行は現金と中央銀行預金からなる中銀マネーを一元的に供給し、民間銀行は、この中銀マネーを核とする信用創造を通じ、預金通貨を供給する仕組みのことだ。この仕組みは情報処理や資源配分などの面で様々なメリットを有している。中銀マネーにより通貨に対する信認が確保される一方で、経済への資金の配分は民間イニシアチブを通じて効率的に行われる。また、決済サービス面での民間イノベーションの力が十分活用される。但し、これは上述の間接型で発行された場合においてであり、仮に直接型CBDCが発行された場合、いくら安全、確実な決済手段であっても、民間マネーを相当の規模で代替するようになると、二層構造のメリットが失われる可能性がある。
  5. 安心できる決済手段と価値保蔵手段の提供」:災害・金融危機時に現金需要が高まるように、デジタル社会に相応しい信用力の高い中銀マネーとしての効果は高い。一方でCBDCが銀行預金を代替するようになると、銀行の信用仲介が細り、実体経済に悪影響を及ぼす可能性もある。また危機時の安全資産の受け皿としての機能を備えたCBDCが、危機をむしろ加速させる可能性もある。デジタル社会では、スマートフォンなどのボタン操作一つで銀行預金からCBDCへ資金シフトが起こり、金融危機が加速するためだ。
  6. 金融包摂の促進」:デジタル通貨の普及によってキャッシュレス化が急速に進展した場合、銀行システムから貧困層や高齢者などが排除される「デジタル・デバイド」が大きな問題となる。このキャッシュレス化の流れに対してCBDCを決済手段の中軸に据えることができれば、公的な中央銀行が後ろ盾となるだけに、金融包摂の取組みが一層進む可能性はある。

CBDC発行ではなく民間デジタル通貨の機能の改善するという方法

日銀の雨宮副総裁が論じるところによると、デジタル社会において、危機時や震災時における人々の安全資産の受け皿を用意しておくという点で、CBDCの発行は重要な選択肢ではあるという。

CBDC発行や決済システムのあり方を考える際には、中銀マネー、民間マネーそれぞれを独立にして捉えるのではなく、相互関係を念頭に置いて、決済システム全体の機能や信頼性の向上策を検討する必要があるだろう。

民間マネーの信用力をあげるという方法

日本の場合、中銀マネーと民間マネーの信用力に大きな差は平時ではほとんど皆無ではあるが、危機時においてはそうではないだろう。そのためCBDC発行及びキャッシュレス決済を考える上で、民間マネーの信用力を高める制度設計から着手するという方法も一つかもしれない。民間部門の発行する電子マネーの信用リスクを極力抑制し、中銀マネーとの信用力格差を小さくすることができれば、仮にCBDCを発行した場合、先にあげた民間マネーからCBDCへの資金シフトという問題も原理的には緩和される。また「二重構造の維持」も可能となる。

中国では、決済サービスを提供する「Alipay」などの巨大テック企業は、顧客から集めた資金の全額相当額を中国人民銀行の指定口座に預託することが義務付けられている。これは、中央銀行の信用力を基礎として、テック企業が民間デジタル通貨を発行するスキームだ。信用力の点ではCBDCとほとんど同等とみることも可能である。

民間デジタル通貨がお金としての市民権を得られるか

民間デジタル通貨の信用力が高まったとしても、お金として広く人々に受け入れられるわけでは必ずしもない。日本国内で言えば「id」「Suica」「paypay」などそれぞれ運営する決済プラットフォームの加盟店は一致していない場合も多い。また異なる決済プラットフォーム間では、利用者は個人間送金もできない。そのため、現時点では、銀行券(紙幣)と比べた場合、広く「お金」として受け入れられているとは言えないだろう。

香港では、香港金融管理局が2018年に稼動開始した24/7即時送金システム「Faster Payment System」に、主要銀行のほか、AlipayやWeChat Payなど電子決済サービス事業者が参加しているおり、これらの銀行や事業者の顧客間での送金が可能となっている。このように、相互運用性が確保されれば、CBDCを発行しなくても民間部門が発行する電子マネーにも一般受容性が備わっていく可能性はある。

決済のファイナリティという側面から

中銀マネーは、信用リスクがないだけではなく、決済の巻き戻しが発生しないという意味で、支払いの完了性(ファイナリティ)を備えている。

「ファイナリティ」とは、「決済が完了した状態」のことを指し、日銀では以下のように述べている。

  • 受け取ったお金が後になって紙くずになったり消えてしまったりしない
  • 行われた決済が後から絶対に取り消されない

銀行券は、1年365日、1日24時間いつでも、ファイナリティのある決済手段として使える。

日本では、利用者間の小口取引に伴い生じる金融機関間の決済方式は、「時点ネット決済」という方式で決済されている。これは金融機関から受け付けた振替指図を日中の一定の時刻まで溜めおき、その時点での総受取額と総支払額の差額を計算して、その差額分のみを決済する方式だ。この方式のメリットは、資金を効率的に使えることですが、反面、特定の決済時点まで、金融機関間の未決済残を蓄積していくため、決済のファイナリティが確保されない。例えばその一定時刻の間にある金融機関において決済不履行が生じると、ファイナリティは確保されず、決済システムに参加している全ての金融機関に連鎖的な影響を及ぼすリスクを潜在的に内包している。

今後、キャッシュレス化が進展し、金融機関の預金口座を経由した小口取引が増えていった場合、日中の未決済残高が増え、決済システム全体でリスクを溜め込んでいく可能性がある。こうした問題を解決するには、決済のファイナリティのあるCBDCを発行し、金融機関の預金口座を介した決済に偏らないようにすることが一つの選択肢となる。

しかし、CBDCを発行しなくても、「時点ネット決済」から「リアルタイムグロス決済(Real Time Gross Settlement)」に変えることでこの問題は抑制できる。この方式は、金融機関から振替の指図を受けた中央銀行が、直ちにその振替を実行するという単純な決済手法だ。

オーストラリアや香港、欧州などで、小口取引についても、24時間365日、RTGS処理するプラットフォームが既に構築されている。こうしたシステムは、CBDCと同様に、決済のファイナリティが確保されている。

日本銀行はなぜ中央銀行デジタル通貨を現時点で発行しないのか

以上のように、CBDC発行を考えるにあたり、中銀マネー、民間マネーそれぞれを独立にして捉えるのではなく、相互関係を念頭に置いて、決済システム全体の機能や信頼性の向上など多く検討することが必要となる。

まとめると、日本銀行がなぜCBDC発行へ否定的な立場をとるのか、またその立場でありながら調査を行う理由としては、以下の2点があげられるだろう。

  1. イノベーションのスピードが早く、急激にキャッシュレス化が進む可能性は考慮しており、CBDC発行の必要性が急速に高まった場合、対応できるように、中央銀行は最新の情報技術動向やそのCBDCへの応用可能性に関する理解は深めておく必要があるため調査・実験は継続。
  2. CBDCに関する調査・研究を通じて、そもそも「お金に求められる機能とは何か?」、「中銀マネーと民間マネーの補完関係(二重構造)をどのように改善できるか?」といったより近代の金融システムにおける根源的な問題を考察する必要があり、キャッシュレス化の進展などを含め、現時点でCBDCの発行を決定するのには実体経済に及ぼすリスクが大きいと判断している。またCBDC発行に対する明確な意義がないため、現時点では民間マネーの機能向上という立場を取っているに過ぎない。

引用資料1:雨宮日銀副総裁講演資料https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2019/ko190705a.htm/
引用資料2:ニッセイ基礎研究所
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63012&pno=2?site=nli