2019年11月29日、日本銀行金融研究所は「中央銀行がデジタル通貨を発行する場合に法的に何が論点になりうるのか」というタイトルで『中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会報告書』の概要と法的論点を整理した寄稿記事を公表した。この報告書自体は9月に発表されたものだが、今回の寄稿記事はその概要をわかりやすく紹介している。


「中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会報告書」:https://www.imes.boj.or.jp/japanese/kenkyukai/ken1909.pdf


冒頭でCBDCの発行形態について4つのパターンを提示した上で、法的論点を紹介している。

ニッセイ基礎研究所資料より

CBDCの主要な法的論点

CBDCの法的論点を考察する上で、上図の発行形態を想定として主要な論点を整理している。

①日本銀行はCBDCを発行できるのか

「日本銀行がCBDCを発行できるか」についての法的論点として以下の2点を挙げている

  1. 日本銀行法1条1項において、銀行券については、その製造、消却手続などについての日本銀行法上の定めがある。このような規定が銀行券自体を有体物であることを前提
  2. 日本銀行法1条2項において、「銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資することを目的とする。」と定めている。金融機関間の資金決済に限定されない、幅広い主体による利用を想定したCBDCの発行は許容されない可能性

1は銀行券は実物としてあることとして、CBDCのような電子的なものを含むことは困難としている。また、2については、「円滑の確保を図るべき資金決済」の対象を、金融機関間に限定せずに、信用秩序の維持、という究極的な目的を達成するために、個人や企業間のものも含むと解釈する余地もあると指摘。ただし、既に多様なリテール決済サービスが提供されているため、そうした民間サービスとの競合の回避という観点も含め、慎重に検討することが必要としている。

一方で行政活動について、重要事項(本質的事項)には法律の根拠を要するという立場からは、日本銀行がCBDCという新たな形のリテール決済手段を提供する場合、法律上明確に規定されている必要があるとした。

②CBDCは通貨たりえるのか

現行法のもとでは、法貨は、「銀行券および貨幣」に限定されている。上記のように、CBDCは銀行券に含まれると解釈することは難しいため、CBDCに法貨性を付与するには法改正が必要であると指摘。

③CBDCの取引を制限できるのか

寄稿記事では、競争法の観点からは、仮にCBDCが広く普及した場合、CBDCの発行は必需的なサービスの独占的供給にあたり、発行主体である日本銀行は、その供給義務を負うことになるとし、日本銀行の目的達成や、効率的な業務運営を考慮すると、一般利用者や仲介機関の範囲を制限することは、認められるとしている。具体例として・・

  1. マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)の観点から、一般利用者の範囲を制限すること
  2. 決済システムの安定性の観点から、不適格な事業者を仲介機関として認めないこと

ただし、CBDCに関する取引の相手方を制限したり、また手数料や取引上限値等の取引条件を設定したりする際には、手段としての合理性や相当性を確保する必要があるとしている。

③マネーロンダリング、テロ資金供与をどう防ぐのか

現行の犯罪収益移転防止法は、民間銀行の預金契約に関して、本人確認、取引記録の作成や疑わしい取引の届出義務がある。民間銀行などを挟む間接型のCBDCの場合、本人確認等の実務は仲介機関が担うことになる。この際に問題となるのは、「仲介機関が適切に事務を行わなかったとき」の最終的な責任を負う主体についてどうのような制度設計とするかだろう。寄稿記事では以下の2つについて言及している。

  1. 仲介機関が日本銀行からの受託事務として実務を行う場合→責任主体:日本銀行
  2. 仲介機関がその固有事務として実務を行う場合→責任主体:仲介機関

④個人情報保護をどう考えるのか

CBDCの発行により日本銀行は、様々な個別取引情報を取得する可能性があると指摘。具体的には、氏名や生年月日といった本人情報だけでなく、利用額、決済日時等の決済情報、さらに商品名・単価等の情報も取得する可能性も考えられるとしている。

いずれにしても、日本銀行がこうした個人情報を取得する場合には、個人情報保護法制のもとで適切な管理を行う責任が生じるとし、仮に個別取引情報を活用しようとする場合には、個人情報保護を図るとともに、競争法上の問題を生じさせないよう留意する必要があるという。

⑤CBDCが偽造・複製されたり、消滅したりしたら、どうなるのか

偽造・複製されたデータを用いた決済は、口座型、トークン型いずれにおいても私法上無効となる。しかしデジタル通貨の性質上、真贋が区別不可能な形でデータが大量に複製されてしまうような状況も考えられるとし、そうした場合には、一旦は真正なものとして扱って決済を無効とせず処理したうえで、複製者に対する損害賠償請求などにより対応する、といった例を挙げている。

またデータの消滅を想定した場合、口座型のCBDC(上図モデルAとB)に関するデータが仮に消滅しても、CBDCである預金債権は消滅しないため、私法上、利用者は払戻しを請求できるとしている。これに対してトークン型のCBDC(上図モデルCとD)が消滅した場合には、原則として、データ消滅によって金銭的価値も消滅し、再発行請求はできないことになる。

「中央銀行がデジタル通貨を発行する場合に法的に何が論点になりうるのか」より

⑥CBDCを差押えることはできるのか

CBDCに対する差押えが可能かに関する問題については口座型、トークン型で分けて説明している。

  1. 口座型のCBDCの場合、日本銀行に対する預金債権であり、既に民間預金の差押え制度が存在しているので、基本的に同様に行うことができる。
  2. トークン型のCBDCの場合、データそのものを差し押さえることが考えられるが、データの差押えの制度自体が未整備であるという問題があり、そうした点に関する検討も必要。

⑦通貨偽造をどう罰するのか

現行刑法上、通貨偽造罪の対象については、「通用する貨幣、紙幣又は銀行券」と定められているため、CBDCを同罪の対象とすることはできないとしている。

現行法のまま立件するための解釈としては、

支払用カード電磁的記録に関する罪などを認める余地もある

としてるが、これらの法定刑は通貨偽造罪に比べ軽いと指摘。

法改正によってCBDCの偽造・複製行為に通貨偽造罪の成立を認めるべきかどうかについては、短期間で大量の偽造・複製が容易である等のデジタル通貨の特徴や、民間デジタル通貨に通貨偽造罪が成立しないこととの関係も踏まえ、検討する必要があるとしている。

また、通貨偽造罪の客体は、強制通用力を有すること(法貨であること)が要件ともしているため、立法措置によりCBDCに法貨性を認めるかどうかも検討する必要がある。

結論

寄稿記事は結論として、以下のようにまとめている。

CBDCに関する法律問題は、日本銀行法や民商法のみならず、行政法、競争法、情報法、刑法など、幅広い分野で多岐に亘り、なかには立法措置による対応が必要になると考えられる論点も存在する。もとよりCBDCの具体的な制度設計は、CBDCをどのような目的のために発行するかによって大きく異なりうるものであり、仮にCBDCの発行に向けた検討を行う場合には、より掘り下げた法的検討が必要となる。