フェイスブックの独自暗号通貨リブラ(Libra)」の発表により、改めて世界中で注目されている「ステーブルコイン」。

そもそもの誕生の背景にあったのはビットコインが投資対象となったことを一因とする送金・決済手段として不可欠な「価格の安定さ」の欠如。つまりは価格変動の大きさ(=ボラティリティ)だ。現在ステーブルコインのほとんどは裏付け資産を持つものばかりだ。フェイスブックのリブラも例外ではない。

しかし「ステーブルコイン」は裏付け資産がないと成り立たないのだろうか。

そして革命的に登場した「ビットコイン」の価格は本当に「ステーブル」にならないのだろうか。

TheNodistでは上記の疑問に対するひとつの可能性として下記の論文を紹介する。

今回の紹介論文

論文著者・タイトル

Saito, K., & Iwamura, M. (2018). How to make a digital currency on a blockchain stable. arXiv preprint arXiv:1801.06771.

『ブロックチェーン上のデジタル通貨をどのように安定させるか』(拙訳)

Keywords:digital currency, cryptocurrency, Bitcoin, blockchain, proof of work

何を提案しているか

ビットコインに代表されるProof of Workベースのブロックチェーンを採用している暗号通貨にいくつかの修正を施すことで、価格の安定化が自律的に達成されるプロトコルを提案する。

なぜその提案は重要か

暗号通貨は集権的な管理者に依存しない価値移転を実現した一方、支払手段として用いる場合、現状では価格の変動が激しすぎる。したがって、分散性と価格安定性の両立を試みるこの提案は重要である。

提案をどのように実現するか

具体的には、ビットコインのプロトコルに対して以下3点の修正を施すことによって、需要 (ハッシュパワーを代理変数と仮定する) に応じた通貨供給量の自律的な調整を目指す。

  1. 現在はブロックが2016個作成される毎に必ずマイニングの難易度調整を行っているが、これをブロックの生成間隔があらかじめ決めておいた範囲から外れた場合にのみ難易度調整を行う形式へと変更する。
    • これは、需要の増加にあわせて通貨供給量を増加させることが目的である。ハッシュパワーが増加するとより短い間隔で新規ブロックが生成されるようになるため、マイニング報酬としてビットコインが新規発行される頻度も高くなる。しかしもしここで難易度調整を行えば新規発行の頻度が抑えられてしまい、需要増に対して供給を減らすという、需給の調整とは逆行した結果をもたらすことになる。よってマイニングの難易度調整は、ブロック生成間隔が極端に長くあるいは短くなった場合に限り行うことにする。
  2. 現在、1ブロックをマイニングした際に報酬として得られるビットコインは固定量かつ一定期間経つ毎に半減していく設計だが、この半減期を廃止し、かつ報酬額を難易度調整の変化率に応じて変動させる。
    • これは、ビットコインが新規発行されるペースを一定に保つことが目的である。例えばもしブロック生成間隔が極端に短くなった結果Proof of Workの難易度が2倍に調整された場合、マイニング報酬額が固定ならば新規発行のペースも半分に落ち込んでしまう。そのため、この例においては難易度調整に合わせてマイニング報酬として新規発行されるビットコインの量も2倍に増やすことにする。
  3. ビットコイン送金時に、決められた割合だけその量が減少する負の利子率を導入する。この負の利子率は、より過去のブロックのマイニング報酬として新規発行されたビットコインであるほど値が大きくなる。
    • これは、提案するプロトコルにビットコインの総供給量を減少させる仕組みを組み込むことが目的である。上記2つの提案のみでは、半減期を廃止しているためにビットコインの総供給量は増え続ける一方となってしまう。そこで、自身が新規発行されて以降新たにブロックが1つ繋がる毎に負の利子が積み上がっていくような設計 (ただし本文では必ずしも複利は仮定していない) によって総供給量を減少させる (後にマイナーが獲得することになっている送金手数料とは異なり、完全に流通から取り除くことを想定している)。送金構造がUTXOならば、このような負の利子率の実装は比較的現実的である。

今後の課題

今回の論文による提案はビットコインが持つProof of Work, UTXOの設計に依存しているため、他の設計で運用されている暗号通貨に対して同様の提案が適用出来るとは限らない。また、価格安定化の反面、送金時に数量が減少してしまう負の利子率を設計に含む暗号通貨が支払い手段として広く受け入れられるか否かも (著者らは肯定的だが) 論点の1つである。

伊東のコメント

今回は、暗号通貨の価格安定化を目的としたプロトコル変更を扱う論文を紹介した。暗号通貨の価格安定化は現在盛んに議論されているが、多くは価格を法定通貨にペッグさせるいわゆる「stablecoin」の提案であり、本研究のようにプロトコルのレベルから (価値の裏付けまで分散化された) 設計を考える提案は貴重かつ野心的である。提案されている具体的な修正案も、読んでいてワクワクする非常に面白い内容だった。

また、論文の著者である斉藤・岩村両名のご専門がそれぞれ計算機科学と経済学であり、論文が双方の文脈を融合した内容である点も興味深い。特に3番目の負の利子率に関する提案は、岩村氏がかねてより主張されてきたブロックチェーンだからこそ行える新しい金融政策であり、暗号通貨のみならず金融政策の観点からも議論出来る内容となっている。

他方で、本文でも言及されている通り、6節で行われいてる提案の有用性を確認するためのシミュレーション (人工市場モデルを用いている) は非常に単純化されたものに留まっている。ただしこれは本研究に限らず、私が知る限り暗号通貨のプロトコルと価格に関する分析は、その複雑さから未だ実験・シミュレーション手法が十分に確立されていない。有用な実験手法を確立することは学問分野全体にとって重要な今後の課題だろう。