台湾の台北で開催されたアジア・ブロックチェーン・サミット2019(以下、ABS2019)の2日目の目玉は、100倍レバレッジで有名な暗号通貨取引所ビットメックス(BitMEX)のアーサーヘイズCEOと、「破滅博士」の異名を持つアンチ暗号通貨派の権威、ニューヨーク大学の経済学者ヌリエル・ルビーニ教授の公開討論会だった。

暗号通貨史上最大の討論と題し、主催者もSNS等で煽り続けていたので、堅い雰囲気のセッションが続くABS2019の中でも異色の盛り上がりを見せていた。

世紀の討論会

討論の第1ラウンドは、まずはルビーニ教授が暗号通貨業界の胡散臭さを徹底的に主張。

「暗号通貨は完全なる詐欺(Scam)だ。ブロックチェーンはエクセル以上の価値を持つことは無い。暗号通貨界隈に集まるのは詐欺師ばかりだ」

などと暗号通貨・ブロックチェーン業界を完全否定。

一方で、ヘイズCEOは

「金融業界では、最高の教育を受けて立派なスーツを着た詐欺師ばかりを見てきた」

とルビーニ教授の崇めるFinTech業界の欺瞞を突いてカウンター。

BTCホワイトペーパーが、リーマンショックという人類史上最大級の金融詐欺事件の翌年に発表された事を思い返した観客は多かっただろう。

討論の第2ラウンドは規制について。

ルビーニ教授は、

「暗号通貨はテロリストや人身売買などの犯罪にしか使われていない。だからG20で暗号通貨も銀行と同じ厳しさの規制にすべきだと声明が出されたのだ」

とFATF勧告を引き合いにだす。

一方ヘイズCEOは、

「現在の国際金融システムは完全に操作されている。アナログな紙幣ベースの経済からデジタル通貨へ移行する今のタイミングで、政府からの自由という選択肢を残さなければいけない」

と金融プライバシーの重要性を主張。

ルビーニ教授が「WeChatAliPayのような洗練されたデジタル決済が手数料ゼロで全世界で既に利用されているから、ブロックチェーンは不要だ。」と主張しても、香港デモで国家権力による金融システムの監視の恐怖を目の当たりにした現在のアジアでは、WeChatやAlipayを使う事に対する警戒心は強い。

実際に香港デモでは、交通機関系ICカード(日本でのSUICAのようなもの)を使うとデモに参加した事が政府に露見するので、敢えて現金で切符を買う人々の行列が話題になっていた。

香港デモは、金融プライバシーが丸裸な社会では言論の自由を守る事はできない事を世界に知らしめたのだ。

ルビーニ教授は、「ブロックチェーンのトランザクション処理は遅すぎてつかいものにならない」「スケーラビリティが足りない」というようにブロックチェーンの技術面や制度面での未熟さを主張する事はできても、ブロックチェーンが求められる理由自体を否定することはできていなかった。

国家が暴走し始め、法の解釈や法自体が恣意的に捻じ曲げられるようになった時、それを是正するメカニズムが無い社会は悲劇である。だからこそ、「時間はかかっても技術は進化できる」「選択肢を作るのが大事だ」というヘイズCEOの発言に会場は湧いたのである。

将来の暗号通貨の価値に対しても2人の意見は完全に割れた。ルビーニ教授は

「暗号通貨は無価値になり、シットコイン博物館ぐらいの価値しかない」

と切り捨てたのに対し、ヘイズCEOは

「数兆ドル規模の市場になるだろう。50年後の世界はテンセントやFacebookに支配されるのではなく、ブロックチェーンが必ず生き残っている」

と宣言した。

Libraについて

ことごとく真逆の説がぶつかり合った今回のディベートで唯一2人の意見が一致したのは、Libraに対する見解だった。双方共に、「Libraは暗号通貨ではなく、デジタル化されたFIATそのもの」だと切り捨てていた。しかし本当にそんな単純な話なのだろうか。

今回のディベートのメインテーマが通貨としてのブロックチェーンだったので深堀りされなかっただけかもしれないが、他のABS2019のセッションでは、ETH2.0 vs Libraの予備戦的なディスカッションが多数あった。そう、Libraはただのステーブルコインではなくスマートコントラクトプラットフォームでもある。むしろ、ABS2019 のほとんどのセッションで必ず最後はLibraの話題になっていたように、GAFAがプラットフォーマー覇権争いに参入してきたことのインパクトが如何に巨大だったかをABS2019 全体で物語っていた。

BTCホワイトペーパー公開以来長い間、「ブロックチェーン vs  FIAT」が討論のメインテーマだったが、来年のメインディベートは「ETH2.0 vs コンソーシアムチェーン」となりそうなほど、至る所でLibraの衝撃は議論されていた。それは、今まで業界全体ではマイナーなテーマであったdAppsが、ついにメインカテゴリーになるほど大きな規模になったことの証拠でもある。そして、dAppsの場合も勿論プライバシーは重要なテーマである。

そもそも「プライバシー」や「プライベート」という単語の持つニュアンスが、日本と欧米では微妙に違っていることが、パブリックチェーンの必要性に関する議論の微妙な意識のズレを生んでいるように思われる。

スイスにおけるPrivate Bankという単語が象徴するように、Privateという英語のニュアンスには少なからず国家権力などの圧力からの自由が含まれている。

その根底には、そもそも国家の盛衰と個人の人生は別物という一部の欧米の思想的背景がある。現代では薄まってきたとは言え、まだまだアジアでは個人の人生と国家の運命を不可分のように感じている人も多く、Privateの単語の含む国家との距離感はなかなか伝わっていない。

しかし、デジタルマネーが浸透するにつれて否応なしに誰もがプライバシーの意味を真摯に考える時が来ている。

例えば香港デモでは、「香港加油」と発言するだけでアカウントが一時止められるといった事例が幾つか報告されいていた。Libraで同じようなことが起きないと、誰が言いきれるだろうか。27億人のSNS上での発言・交友関係などのパーソナルデータとデジタルマネーの流れが完全に一部の特権集団に掌握された時代になったとしたら、国境を超える巨大利権構造に不都合な真実をディスカッションできる場所は人々に残るのだろうか。

Libraは決してFacebookコインなどではなく、1%が99%を完全に掌握する巨大多国籍企業国家の建国宣言そのものである。

今年はBTCホワイトペーパー10周年の節目の年だが、「パブリックチェーン vs FIAT」の議論に決着がつくどころか、「パブリックチェーン vs FIAT & GAFA」へと、ますますサイファーパンクの戦線は拡大していく。

ABS2019の世紀のディベートは、図らずしもデジタルIDの重要性を私たちに再考させた。